今、ことわりにほどけて(理に解けて。)

30代男、子供3人いて、会社員、社外活動旺盛な人のライフログです。

【言葉を信じ、言葉に裏切られ、言葉に救われる。 動的な表現としての言葉。 夜空はいつでも最高密度の青色だ 最果タヒ】

 

長めの読書録。

 

詩集が映画化されるという、
言葉フェチの間では騒つく話題があったので、気になってた最果(さいはて)さんの本を手にして3冊目にやっと本作にたどり着いた。

 

年齢も近く、神戸生まれの
その人に少し親近感を覚えた。

 

縦書きと横書きで綴られる、誌の数々は、
日常の中にある言葉なのだけれど、

趣きも響きも真新しく感じる。

 

それが詩人の力というか詩のフィルターなのだと思う。

 

相手に語りかけてるようで、
自分に諭すように、

概念をバラバラにするように、

繋がれていく言葉の振る舞いの世界に
読むというより、佇む。

 

そんな自分の意識に気付く。

詩は連続する言葉を読む行為でなく、

その言葉に連動して
自分の心の小部屋を作って、
そこに自分を置くことかもしれない。

誰も入れない小部屋。
誰かが入ってくる事で、壊れる小部屋。

日常では
aがbなので、cだよね。
っていう論理に使われる言葉の側面もあるが

詩の世界は、論理というより、
言葉の動的な振る舞いを愉しむ方が、

もう一度、言葉というものに対して、
ちゃんと向き合える気がする。

言葉に向き合うことは、きっと自分に
向き合うことに通じると思う。

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