ハッピーエンドな旅の途中で。

生きてる事は旅すること。旅とは移動の有無ではなく、生きるスタンスそのもの。

【アリとキリギリスをちゃんと読み聞かせる。 童話を童話で終わらせない為に。】



アリのキリギリスの話に絶望的な危機感を持ってしまいました。

働き者のアリと怠け者で自分の好きな事だけをするキリギリスの論調で、
メッセージとしては、

冬(苦難、困難)がいつかくるから、備えとこうね。
備えないやつは、ほら凍えて、死んじゃってるかも、しれないね。

的な解釈だと思うんですね。

確かにわかりやすいから、子供に伝えるにはいいかもしれないけど、


このままだと、乱暴に訳すと

⚪︎真面目に働けないやつは凍え死ね!
⚪︎好きな事をするやつは凍え死ね!
⚪︎好きなことより、冬のために備えるが大事!

と、いうメッセージになるような気がして怖い^_^;

絶対に面白くない人間になるやん。

ここで、大人として
もうちょっと踏み込んで

⚪︎アリの良さと悪さ
⚪︎キリギリスの悪さと良さ

の四つに分析して、一緒に考えて、伝えてもいい気がするのですね。

1 アリの良さ
・いつか来る冬について備えた事
・無我無心で働けた事

2アリの悪さ
・楽しくはなかっただろう事
・無個性的であった事

3キリギリスの悪さ
・冬に向けて備えがなかった事
・アリと仲良くしなかった事

4キリギリスの良さ
・自分の楽しさを知っていた事


とパッと思いつきで書きました(^○^)


キリギリスはアリと仲良くして、
困った時は助け合える関係作りを怠ってしまった事に最大の原因があんるじゃないかもと思うのです。

歌ったり踊ったりして、怠惰なイメージ持たれてるけど、

それって悪いことじゃないよね?

自分がどうすれば楽しいのか?
を、ちゃんと知ってるだけだと思うんです。

確かにアリは偉いけど、

じゃあ、アリになれ。

と言われたら、なんか嫌にならないですか?

それが大人になるってことや、
社会に出るってことのイメージかもしれないけど。

要は
お互いの良さ、悪さを認め合って、
伸ばし会える関係性を目指すってのが、正解なのかなと。


例えば、

アリは退屈な日常を過ごしてるだろうから、キリギリスにコンサートやイベントを開いて貰って、自ら楽しむ!

キリギリスはアリという太い客を繋ぎ止めておくだけの、クリエイティブな発想で楽しませ続ける。

と、お互いが共存できる方法は色々あったよね?

って話を子供がもう少しお利口さんになったらしてあげたいなぁって、

1人のビジネスマンの父として思いましたとさ(^○^)